技術開発担当役員鼎談

写真:松井博司/村岡 清繁/水野 洋一写真:松井博司/村岡 清繁/水野 洋一

技術開発が目指す、真の「最高の安心とヨロコビ」とは

新中期計画の達成に向け、技術開発部門が取り組む「変革」とは

村岡

新中期計画の「変革プロジェクト」における技術研究部門の取り組みは、「製販技一体の最適化」「次世代タイヤ開発」、そして「新規・集中領域拡大」としてのセンシングコアのスケール化が中心です。「変革プロジェクト」のメリットには、部門の壁を破っていくこと、それを役員が中核となってトップダウンで強力に推進することがあります。
1つ目の「製販技一体の最適化」では、売上は1兆円を超えたものの、利益が下がり続けるという大きな問題を解決しようとしています。  営業は、ある程度の売上・利益があればビジネスを取ることを検討し、技術は、それに応じて開発リソースを増やし、納期という時間軸を合わせていくために設備投資を行います。人員も増強し、効率化も進めなければなりません。その過程でさまざまな問題が生じますが、ポイントになるのは最適化です。
最適化は、どれが本当に利益率を高められるかが基準になります。判断にあたっては、営業の要求を優先する場合もあれば、技術の場合もありますが、当社の場合、Purposeをもう一つの基軸として持つべきです。
2つ目の「次世代タイヤ開発」では、EV化が世の中の流れですから、当社の独自性ある技術で先行する、他社に負けない技術を生み出していくことが鍵を握ります。
3つ目の「新規・集中領域拡大」では、センシングコアのスケール化をさらに加速します。センシングコアは他社よりも早く、1997年に実用化した空気圧低下警報装置「DWS(Deflation Warning System)」の技術をベースにした、タイヤの回転信号の解析から荷重、摩耗といったタイヤの課題や、滑りやすさなどの路面状態を検知し、クルマやドライバーに提供する技術です。
検知した情報をタイヤだけでなく、クルマや自動車メーカーも利用すればベネフィットが拡大していきます。これまでのタイヤ販売という“モノ売り”から、サービスが軸となる“コト売り”という潮流があるなかで、いち早く手掛けてきたという自負があります。
このセンシングコアと、当社の次世代EVタイヤを組み合わせることで、自動運転が主流となる次世代のモビリティ社会に貢献します。さらに、ビッグデータの活用とモノづくりを合体させた、当社独自の循環型ビジネスモデル構想「TOWANOWA」を構築し、サステナブルな社会の実現に向け先行して取り組んでいます。
このように変革プロジェクトには、今、私たちがやらなければならない課題、将来を見据えた課題、あるいは社会全体の解決すべき課題が盛り込まれています。

図:センシングケアの提供価値
松井

「製販技の一体の最適化」では、SKU(商品サイズ数)の削減にも取り組みます。
今のSKUを整理するとともに、将来のSKUをより合理的なものにするという方向性で進めていきます。
例えば将来、新技術を用いて開発する製品について、まずマザー工場で製造した後、さらにグローバル展開する場合は、設備投資額はどのくらい必要か、物流費を含めてどこで集中的に生産するのが効率的かなどを、製販技の執行役員レベルで検証して進めることで、より合理的なSKUが実現できると考えています。
「次世代タイヤ開発」においては、タイヤ内部に搭載する吸音スポンジ「サイレントコア」が、当社の大きな強みとなっています。特にEVではエンジン音がないため、路面からのノイズ音がより顕著となりますが、その対策としてサイレントコアは有効であり、当社が先駆けて開発したパテントを他社も使用しています。
また、スペアタイヤの搭載が不要となるタイヤパンク応急修理キット「IMS(Instant Mobility System)」を持っていることも、EV化が進むうえでは強みととらえており、サイレントコアと合わせてさらに拡大していきます。
「新規・集中領域拡大」におけるセンシングコアのスケール化では、最初に実用化されると予想するのが、トラックの車輪脱落予兆検知の機能です。日本では、1年間に百数十件ものタイヤ脱落事故が起きています。私たちも当初、タイヤの脱落までにはドライバーが感じる振動など、何かしらの予兆があるはずだと考えていました。ところが検証してみると、ドライバーがタイヤ脱落の予兆を検知するのは難しいということが分かりました。そこで、クルマ側で検知する技術を急遽開発したのが車輪脱落予兆検知の機能です。
センシングコアの第5の矢をトラックメーカーに提案し、評価が得られたことから、開発が進んでいます。おそらく数年後には、この機能を搭載した車種が発売される見込みです。社会課題の解決に非常に有用な技術が世に出ることになって、開発部隊の意気が非常に高まりました。
このようなお客様の広がり、第6、第7の矢を開発することで、2030年にセンシングコアで100億円程度の事業利益を創出したいと考えています。

住友ゴム独自の循環型ビジネス構想「TOWANOWA」とは

村岡

循環型経済、すなわちサーキュラーエコノミーへの移行は、タイヤ業界に限らず、すべての産業界での喫緊の課題となっています。
当社も、2013年には石油や石炭などの化石資源を全く使用しない世界初の100%石油外天然資源タイヤ、2019年にはバイオマス素材であるセルロースナノファイバーを世界で初めて採用したタイヤを発売するなど、他社に先行してサステナブルな素材の活用を進めてきました。しかし、これほど急激に循環型経済に舵を切るとまでは予測していませんでした。移行スピードが一気に加速されたと感じています。
循環型経済に向けた各社の取り組みは基本的に類似の内容となっています。モノづくりという観点でサーキュラーをとらえた際、材料をどうするか、エネルギーをどうするか、そして作り終わったモノをどうするか、といったところでは必然的に同じ方向性となるためです。そのようななか、当社としてもどのように差別化するかが、大きな悩みの種でした。
一方で、差別化を意識するあまり、世の中がサーキュラーを志向するなかで自社だけが違う方向に進むのはありえないと思います。

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そこで、当社の強みを活かした技術構想として思い立ったのが、ビッグデータの活用です。センシングやAI活用という私たちの強みを活かし、それまで個々に活用されてきたデータを相互に連携させ、新たな価値を創出する仕組みを組み込むことにしました。タイヤから得られるデータが、世の中のデータとどれだけつながることができるかによっては、さまざまなフィードバックを得ることができ、他のお客様ともつながっていくという大きな絵を描いた点が、当社の循環型ビジネス(サーキュラーエコノミー)構想「TOWANOWA」の特徴といえます。
他社も同様の構想を出してくると予想しますが、私たちはぜひともここで先行したいと考えています。ポイントは、どれだけ周りとつながっていくことができるかです。その広がりと速さを強みとしていかなければなりません。

松井

TOWANOWAの着想は、サーキュラーエコノミーにおける競争領域と共創領域を見定め、新たなビジネスモデルを定義するというところからスタートしました。
例えば、タイヤのリサイクルやリユースは、すでに他社で連携の動きがあるように、これらは当社だけではグローバルに展開できません。従って、共創領域になります。
当社が競争領域を築くとしたらデータのつながりです。幸い、センシングコアはタイヤメーカーとして他社にない技術です。しかし、世の中に広がっていけば、いずれ共創領域に近づいていくことでしょう。
次の打ち手は、そのデータを使ってどのようなサービスを提供できるか、これまで関わりのなかった領域ともつながりながら、今までにない価値を創出できるかになります。

水野

TOWANOWAが実現すると、お客様のニーズにさらに寄り添った開発を、大幅にスピードアップして進めることができると期待しています。
現在、市場走行によるタイヤのゴムへの過酷度を調査、検証するため、さまざまな環境で走行したタイヤを回収し、サンプルを取り出し、ゴム物性の調査・分析を実施しています。これは非常に手間のかかる作業であり、収集したデータは、シミュレーションなどの解析手法も駆使し、開発にフィードバックしています。
これら市場走行の過酷度の情報が自動的に収集され、走行状態がフィードバックされるようになれば、まさに生きたデータが開発部門に届き、開発期間の短縮に大きく貢献できると考えています。

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松井

社内だけでなく、自動車メーカーとの技術開発についても、あり方が変わっていくと考えています。これまでタイヤの開発で窓口となってきたのは、自動車メーカーのシャシー開発の部門でした。これに対してセンシングコア開発では、窓口が車両やビジネスの企画部門など、クルマの上流設計に関わる部署となります。つまり、単体の車種ではなく、将来のクルマ、そしてビジネスをどのように展開していくのかといった構想段階から参画できます。当社のタイヤビジネスをどのようにすべきかを考えるうえでも、大きな強みになると確信しています。
これに対応するため、DXなど最先端技術に精通し、当社の技術対応を自動車メーカーに提案できる部隊をグローバルに整備していく方針です。
具体的には、新技術対応タスクフォースを立ち上げるとともに、独立した実動部隊として先行開発部を新設しました。スマートタイヤコンセプトの実用化に向け、乗用車だけでなく、トラック・バスやライトトラックの部隊も合流し、2030年に向けた先行開発を専任で行っていきます。

村岡

開発に求められるスピードとニーズが急激に変化した結果、従来の開発プロセスを大きく変革しなければならない状況にあります。極論すれば、企画段階からモノづくり段階まで、基本的にはデータベース、あるいはデータのやり取りでできることが望まれています。
自動車メーカーも、試作タイヤをその都度つくって評価することを要求していません。当社が提供するタイヤのモデルをクルマのモデルにセットし、マッチングを検証します。これでOKとなれば、「そのタイヤを1週間後に持ってきてください」ということになります。つまり、提案したモデルが1週間後にはつくれる状態になっていなければなりません。求められるスピードが全然違うため、その先を見定めて人などのリソースをもっと投入していく必要があります。
2017年に発表した技術開発コンセプト「SMART TYRE CONCEPT」では、「センシングコア」「アクティブトレッド」「性能持続技術」「エアレスタイヤ」「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の5つを掲げました。いずれも他社に先行したコンセプトでしたが、このうちの4つまでがすでに実用化段階となっています。
なかでも、センシングコアをより大きく育てていくことに取り組みます。また、「SMART TYRE CONCEPT」も未来永劫ではなく、次のネタを考えていく時期に来ているといえます。
今回、技術研究部門メンバーの多くを先行開発にシフトしたため、既存製品の開発メンバーにとっては非常に厳しい状況ですが、ここはDX化を推進し、業務の効率を進め、よりクリエイティブなモノづくりに向かうことで全体のモチベーションを上げたいと考えています。
そのためには、技術者がワクワクする環境に変えなければなりません。若い技術者がより早く技術知見を習得し、さまざまなアイデアに基づくモノづくりに挑戦し、ワクワク感を体験できるような取り組みの場を提供していきますので、技術者の皆さんの成長を期待しています。

水野

私が所管する材料開発本部でも、できる限りの業務効率化を推進しています。
従来、ゴムの配合(レシピ)は、テスト配合を実験室で練って作成し、数週間かけてさまざまな物性を確認したうえで、ようやく完成する、という流れで開発を実施していました。しかし、数年前から、実験室でゴムを練らずともパソコンにレシピを入力すると予測物性値が即時に計算されるソフトを導入し、ゴム練り業務を約3割削減しました。このソフトのさらなる改善も進めており、徹底的に業務を効率化し、先行開発部隊のリソースを厚くしていきます。

路面や気温に応じて最適な性能を発揮する、夢のようなタイヤ

水野

今、「SMART TYRE CONCEPT」で懸命に開発をしているのが、「アクティブトレッド」です。今後、自動運転が普及しても安全を確保するには、どのような環境でも同じ性能を引き出せることが必要であると考えています。非常に注目を集めているアクティブトレッドは、「性能持続技術」とともに、自動運転やカーシェアリングに最適かつ重要なタイヤ技術だと確信しています。
ゴムは気温や路面、外部の環境変化に反応して特性が変わっていきますが、アクティブトレッドでは能動的に特性をスイッチさせる配合設計によって安全性を確保しています。
例えば、乾燥した路面(ドライ路面)から雨が降った路面(ウエット路面)に移った際、ゴムが水に反応してウエット性能に有利なゴム物性となることで、ドライの路面とウエットの路面で同等のグリップ性能を実現できる、従来はできていない、夢のような開発に挑戦しています。

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松井

ほかにも、オールシーズンタイヤが寒くなったときによりグリップする、つまり、雪氷上でグリップできるアクティブトレッドも考えられます。
一方、EVは、寒くなると電費が悪くなるという電池の特性があり、タイヤも寒くなると転がり抵抗が高くなります。ゴムは寒くなると硬くなるという温度依存性をアクティブトレッドでコントロールできれば、EVの低温時の電費悪化を抑えるEV用タイヤができるのではないかと思っています。

水野

ウエット路面でもドライ路面と同様の性能が担保できる技術については、2023年にコンセプトタイヤを発表し、2027年以降の上市を予定しています。類似のコンセプトで、極低温での氷上性能を改善した商品の第1弾を2024年にオールシーズンタイヤの後継品として発売する予定です。2027年には、オールシーズンタイヤがEV用のスタンダードになっているかもしれません。

村岡

アクティブトレッドのメリットはお客様の側にあります。雨が降っても、雪道でも、同じタイヤで安心して使い続けられる究極のタイヤを目指しています。冬用タイヤの販売が減るかもしれませんが、1つのタイヤをずっと使い続けていく、モノを大事にするという発想で突き詰めていけば、私たちにとっても、社会にとっても、もっと大きな意味があると考えています。

タイヤ開発の匠のノウハウのAI化が切り拓く、新たな「最高の安心とヨロコビ」

村岡

二輪車におけるタイヤ開発では、テストライダーが試作タイヤに試乗して乗り心地、手応え、剛性などについてコメントし、設計者がそれらに応じて試作品を改良することが行われています。そのコメント、いわゆる官能評価には非常に曖昧な言葉も多く、人によって変わり、「ガチッ系」「ぐにゅぐにゅ」「ぷにゅぷにゅ」などの擬音も登場します。それらを解釈して改善ポイントを見つけ出し、設計に落とし込むには、長年の経験、ノウハウや勘が必要でした。
しかも、目標達成まで、官能評価から課題を抽出し、原因を明らかにし、仮説を立てて改良案を作成し、また実車評価に臨むというサイクルが繰り返されます。ベテランであるほど、このサイクル数が少なくなる、まさに、匠の世界なのです。
 熟練設計者、すなわち、匠の世界(技術・経験・ノウハウ)を次世代に伝承することが急務となり、匠が官能評価を読み解く経験・ノウハウのAI化は不可避となりました。
一般的にAI化というと、たくさんのデータを入力して自動で解析し答えを出すイメージですが、そこに理屈がなければ、単なる偶然で合ったのかどうかが判別できません。そこで取り組んだのが、熟練設計者、匠の“思考プロセスの見える化”です。
タイヤの官能評価を項目分けして体系化するとともに、結果に紐づく改良案も体系化するなど、AIの学習データに工夫を凝らした結果、官能評価が設計パラメータと結びつけられるようになりました。これは素晴らしい技術的進歩だと思います。
官能評価の解釈はこれまで、OJTによる属人的な伝承によって行われ、プロになるまで5年から10年の歳月が必要でした。これまでの“師匠の背中を見て”といった働き方も大事ですが、若い技術者に“もっと早く”技術伝承していくことも、私たちの使命だと思います。
今回の見える化には、試作タイヤの課題に対する原因や改良案を検討する複数のルートから、熟練設計者がたどる経路を予測し、提示する仕組みを組み入れました。若手はこれを学習することで自身の誤りや失敗にいち早く気付くことができます。これにより若手設計者の早期育成と開発効率の向上を図り、より高度な技術開発に集中させることができるようになりました。
人々のさまざまな感性をデータとして取り、活かしていくのはタイヤに限ったことではありません。人々の千差万別な挙動やそのときにどのように感じたかを解析し、データとして活用するのは、当社の事業であればスポーツ、そして介護サービスなどでも可能でしょう。
そのような技術を持つことが将来に向けた、大きな強みであるだけでなく、当社のPurposeに掲げる「最高の安心とヨロコビ」の実現にもつながっていくと考えていますので、全社一丸となって、一緒に頑張っていきましょう。