Chapter01センシングコアとは?
車両の中で唯一路面と接し、車両の重量を支えているタイヤを通じてさまざまな情報を検知し、その情報を迅速に車両やドライバーに提供することで安全な走行につなげる——それがセンシングコアのコンセプトだ。住友ゴムは、タイヤの空気圧低下を検知し、ドライバーに知らせるタイヤ空気圧低下警報装置「DWS(Deflation Warning System)」を1997年に実用化。世界各国の自動車メーカー15社・4600万台以上の車両に納入実績がある。
「このDWSの技術をベースに、発展させたのがセンシングコアです」と話すのは、AS(オートモーティブシステム)第三技術部課長のS.K.。2007年の入社以来、DWSの開発やチームマネジメントを担い、現在はセンシングコアのチームリーダーとして、技術開発管理やビジネス化に向けた社外プロモーションなどに取り組んでいる。
「タイヤの空気圧の測定には、タイヤにセンサーを取り付ける直接式と、空気圧が低下するとタイヤの外径が小さくなり、回転数が増える現象や、タイヤ回転の振動の仕方が変化する現象から推定する間接式の2種類があり、 DWSは後者。ブレーキ制御ユニット内のソフトウェアであり、追加センサーを必要としない間接式TPMS*です。タイヤの回転速度などから、住友ゴムが独自に開発したアルゴリズムによって異常を察知し、空気の減りを推定することができます。センシングコアはこのアルゴリズムを進化させることで、タイヤの回転速度などから、タイヤへの荷重、摩耗状況、さらに路面状態といった情報を検知する技術です。DWSベースのソフトウェアであるため、機能拡張が容易な点もメリットの一つと言えます」。
当然のことながら、さまざまな状況の路面を走行するタイヤから得られるデータには、回転数以外の多くの情報(=ノイズ)が含まれている。そのノイズを取り除き、必要なデータだけを取り出すアルゴリズムの開発は、住友ゴムの100年を超えるタイヤ開発の歴史と、DWSで培った25年以上の知見が活かされているとS.K.は話す。「センシングコアは同じタイヤからのデータでも、検知できる情報領域が拡がったのです。たとえば、タイヤへの荷重を検知することで、過積載や偏積載をドライバーに知らせて横転事故を防止する。タイヤの摩耗・損傷状況を検知することで、タイヤのメンテナンス時期を管理し、タイヤのライフサイクルに寄与するなど、センシングコアによってこれまでになかった価値を提供できるようになります。将来的には検知した情報をビッグデータとして活用すれば、タイヤや路面状況に起因する危険を他の車両へ知らせることができ、多くの事故を回避することも可能に。センシングコアは自動車メーカーのみならず、物流や公共交通、道路管理といった、さまざまな分野で期待されている技術と言えます」。
*TPMS:Tire Pressure Monitoring System。タイヤパンク検知システム
Chapter02新たなセンシング技術の開発
2022年4月、センシングコアの実用化に向けた新たな取り組みと、今後の機能拡張やビジネス構想についての「センシングコア技術の将来構想発表会」が開催された。多くのマスコミやアナリストからも注目を集めた中、新たなセンシングコアの機能として発表されたのが、S.K.と同部署に所属するT.K.が基盤技術開発を担当した「車輪脱落予兆検知」だ。
「車輪の脱落による事故を防ぐため、普段は気づきにくいナットの緩みを検知し、車輪が外れそうになっていることをドライバーに知らせる技術です。基本的な仕組みはDWSと同じですが、データを解析するアルゴリズムにはこれまでにないものを採用しています」とT.K.は話す。その実現のために、正常な状態と車輪が外れそうな状態の二つのデータを取得し、そこから車輪脱落を検知するアルゴリズムを導き出した。「タイヤのナットを緩めた状態での走行実験はテストドライバーに危険が伴います。ナットが緩んでいても車輪が外れないようにするなど、ドライバーと何度も話し合い、安全を十分に確保することはもちろん、実験の目的や意義もしっかりと伝え、走行を依頼しました。おかげで実験では有用なデータが得られ、何度も走行を重ねたドライバーには感謝の言葉しかありません」。
将来構想発表会では、T.K.が自ら車輪脱落予兆検知について説明。この技術に興味を持ってくれた人の多さが、新たなモチベーションになっていると話す。「自分が開発に携わった技術が、事故を防ぎ、安全な走行に貢献できることに、大きなやりがいを感じています。基盤となる技術はほぼ完成に近づいていますので、今後はこの技術のビジネス化が目標です。S.K.とも連携を取りながら、自動車メーカーなどに提案し、ニーズを把握しながら、実用化に向けた技術の改良に取り組んでいます」。
Chapter03センシングコアの可能性に挑む
「もともとタイヤの材料開発に興味を持っていましたが、配属前にセンシングコアのことを聞き、自分も開発に取り組みたいと思うようになりました」と話すのは、S.K.やT.K.とデスクを並べて開発に取り組むM.N.。2018年の入社後、欧州向けの間接式TPMSの開発に携わり、現在はセンシングコアの機能拡張を目指し、新たな技術開発に取り組んでいる。
「私が担当しているのは、路面状況の推定技術です。簡単に言えば、雨天時の道路の状況をタイヤの車輪速信号から推測するもの。ドライバーに危険を伝えることはもちろん、将来的には水がたまりやすい道路を検知することで、道路補修の優先順位が決められたり、道路封鎖の判断基準にしたりと、道路管理にも活かせる技術になると考えています」。
技術の確立を目指し、テストコースはもちろん、実際に雨天の公道でもテスト走行し、データを取得しているが、現段階では雨天以外の要因で指標値に多少の誤差が生じてしまうため、その精度を高めることに取り組んでいる。社内の実験部と協力し、タイヤの動的特性を測定するドラム試験機の内壁に水を張り、何度もテストを重ねているのもその一つ。実験部の社員からこれまでのタイヤに関する住友ゴムの知見を聞ける、貴重な機会にもなっているという。「路面状態の推定技術が世に出るのは、まだ先になるかもしれませんが、精度の向上に手応えを感じています。こうしたらどうかな…とアイデアを思いついた時に、それを試せる環境があるのはありがたいですね。部署によってそれぞれ強みを持っていますので、他部署とディスカッションすることで、これまでにない視点から課題解決のヒントが得られることも。部署内でも、課題があればメンバーがすぐに集まったり、オンラインミーティングで意見が聞けたりと、いつでも相談できます。チームリーダーのS.K.さんが『まずはやってみよう』と背中を押してくれるのも心強いです」。
Chapter04センシングコアの未来に向けて
<新たな市場の開拓に向けて>
センシングコアのビジネス化に向けて、S.K.はさまざまな企業にプロモーションを行い、ニーズを拾い上げながら、T.K.やM.N.らメンバーの技術開発をアシストしている。常に心掛けているのは技術開発のスピード感だ。「DWSが世界的シェアを獲得できたのは、画期的な技術だったことはもちろん、発売後に世界各国でTPMS装着義務化の法律ができたことが挙げられます。時代の流れやニーズに応じて、私たちの技術が世界のスタンダードになったのです」。
すでにビジネス化の道筋が見えていたDWS担当時代とは異なり、センシングコアは新たな技術・価値を広く提供するためのビジネスモデルを一から構築し、新たな市場を開拓する必要がある。S.K.が目指すのは、センシングコアのスタンダード化だ。「そのためには少しでも早く新たな技術を世に出し、市場からのフィードバックを得ながら、よりよいものへとブラッシュアップしていくことが重要です。T.K.やM.N.をはじめとしたAS第三技術部のメンバーも、同じ思いを持って技術開発に取り組んでくれています。きっと近い将来、センシングコアを世界のスタンダードにすることができるはずです」。
すでにビジネス化の道筋が見えていたDWS担当時代とは異なり、センシングコアは新たな技術・価値を広く提供するためのビジネスモデルを一から構築し、新たな市場を開拓する必要がある。S.K.が目指すのは、センシングコアのスタンダード化だ。「そのためには少しでも早く新たな技術を世に出し、市場からのフィードバックを得ながら、よりよいものへとブラッシュアップしていくことが重要です。T.K.やM.N.をはじめとしたAS第三技術部のメンバーも、同じ思いを持って技術開発に取り組んでくれています。きっと近い将来、センシングコアを世界のスタンダードにすることができるはずです」。
<センシングコアの期待の高まり>
T.K.が感じているのは、将来構想発表会でも知ったセンシングコアへの期待。未来のモビリティ社会を見据え、CASE*1/MaaS*2といったキーワードが注目を集める中、「さまざまな分野で自動化が進んでいますが、自動車においてもIT技術などを活用したドライバー補助技術が重要視されるのでは」と話す。「定期的なメンテナンスや目視によるタイヤ確認は安全性を担保するものですが、ドライバーにとっては時間と労力がかかる作業です。自動車メーカーがいくらメンテナンスや確認の大切さをドライバーに伝えても100%遵守することは難しく、多少なりの事故リスクを抱えた上で運転している人も少なくありません。だからこそ、すべてのドライバーにこの技術で危険を知らせ、安全な走行を支えることが必要です。私たちが技術開発を進めるセンシングコアは、自動車開発の歴史の中で重要なマイルストーンになると信じています」。
<運転の楽しさや環境にも貢献したい>
その一方で、M.N.はセンシングコアが提供する価値に、新たな方向性を見出したいと話す。「たとえば、長距離を走るドライバーに役立つ情報を提供したり、スムーズなコーナーリングや排気ガス量を抑えたドライビングを評価して、エコドライブ指数をドライバーに知らせるなど、この技術は車の運転をもっと楽しく、環境にも貢献できるような仕組みにつなげられる可能性があります。センシングコアはまだまだ技術開発の余地がある分野だからこそ、挑戦しがいがありますね」。
<若い力とチャレンジを続けていく>
センシングコアはアイデア次第でさまざまな応用が可能であり、未来のモビリティ社会に貢献できる、新たな価値を生み出すことができる技術だ。そこに、若い社員の豊かな感性や価値観を活かして欲しいとS.K.は話す。「住友ゴムが培ってきたノウハウとメンバーの発想力が市場のニーズに結びつけば、世界的にも大きなインパクトを与えるものが提供できるはずです。さまざまな分野でデジタル化が進む中、センシングコアのポテンシャルを引き出す新たな取り組みに、今後もチーム一丸となってチャレンジしていきたいと考えています」。
*1 CASE:「Connected(コネクテッド化)」「Autonomous(自動化)」「Shared & Services(シェア・サービス)」「Electric(電動化)」の頭文字を取ったもの
*2 MaaS:Mobility as a Services。複数の種類のモビリティサービス(交通手段)を、ICT(情報通信技術)を活用し、ひとつのサービスに統合する仕組みや概念
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